2008年06月16日

感想:リーリー・フランキー「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」

評価:なし

書名:東京タワー オカンとボクと、時々、オトン

著者:リリー・フランキー

内容:略

感想:
こうして、形式的な感想書くのも久しぶりです。

内容はただただ
著者と母親、そして時たま登場する父親の関係が
たんたんとえがかれただけのもの

事実を元に、ある程度手を加えてつくられたんじゃないでしょうか
ぼくの家庭とは違って
人の家庭をのぞき見てるようで
それはある意味新鮮で面白く
それでいて
それは所詮、他人の家庭であって
世界にはいくらでもある
家庭のひとつにすぎないと思うと
よんでどうなるのかな、と
そんな風にも思いました

もちろん、ぼくからみれば
この著者の生まれや、育ち
そんなものは特別に見えるのですが
それはあくまでもぼくからみれば。

他人の家庭なんて
全て違うのですから
典型的なんてものはきっとないはず

だからこそ、そこには
あまり読む意味はないんじゃないでしょうか

もちろん、先人の生き方っていうのは
参考になるんですけどね


さて
この本の中でぼくがとても興味をもった部分にふれましょう

それがね
7章の最後のほうにあった
「自分の食べているうなぎをいつも半分箸で割って、ボクの重箱に入れてくれた。」とかいう表現の前後

ぼくのうちの「オカン」もこういう事してくれます
それだけ、子供がかわいいんでしょうね
きょうの晩御飯もうなぎでした
そのとき弟の茶碗と母親の茶碗を見比べてみるとね
いつだって、弟の方にいっぱいうなぎがのってるんです

そういう優しさ・・・

ぼくはその優しさに応えることができるんでしょうか



最後の方にこんなものもありました

「母親というものは無欲なものです
 我が子がどんなに偉くなるよりも
 どんなにお金持ちになるよりも
 毎日元気でいてくれる事を
 心の底から願います
 どんなに高価な贈り物より
 我が子の優しいひとことで
 十分過ぎるほど幸せになれる
 母親というものは
 実に本当に無欲なものです
 だから母親を泣かすのは
 この世で一番いけないことなのです」

注)幸せという漢字 にんべんに幸 という字が使われていたのですが変換で出ないので・・・幸せ とかいときました


・毎日元気でいてくれることを願っています
そうなんでしょうね
本当に、必要以上にそういうことをきにする母親
最近では勉強しろとはめったにいわなくなった母親も
早く寝なさいとだけはいつまでたってもいいます
ぼくが遅刻しそうになって朝いえを飛び出していくとき
車に気をつけていきなさいと
いつまでたってもそんなことをいいます

・我が子の優しいひとこと
ごめんなさい、お母さん
ぼくにそんな優しさはないのです
恥ずかしくっていえません

・母親を泣かすことはこの世で一番いけないこと
ぼくは今まで記憶にあるかぎりでは
一度母親を泣かせました
いけないことなのですね
ただ、泣かせないように
それくらいならばできるでしょう
ぼくにだって

以前学校の知人が自殺したときに
ぼくは悲しませないために自殺しないみたいなことを
かいたきがします
ここらへん、少しつながってる

世界はどこかでつながってる
そんな気がしました




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posted by ぽお at 21:51 | 大阪 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 感想
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